知識社会を生き抜く為に―小説家の経営術 西川三郎


社会が、農業社会から工業社会、情報社会へと移ってきた中で、ロジカルな思考に基づく戦略が重視される時代が長く続き、有名な経営戦略策定ツールなどがいくつも開発されては、企業の戦略策定に利用されてきた。しかし、時代は情報社会から知識社会へと移り、これまでのロジカルな思考だけから導かれる戦略では十分ではなくなってきている。

こうした時代における経営に必要とされていることは「ビジョン」であり「テーマ」であり、それらを伝える「ストーリー」だ。経営における「ビジョン」の重要性は、名著に加えていいのではないかと個人的には思っている『ビジョナリー・カンパニー』に見られたように、以前から唱えられてきていたものだが、最近になってその考えは広く受け入れられてきているように見受けられる。

本書は、こうした社会背景の中で、自ら起業した企業の経営者であり、かつ推理小説や金融小説など3冊の著書を持つ西川三郎氏が、小説家であり経営者であるという自身の経験から、「ストーリー」を重視した経営術を指南する一冊。小説と言えば「ストーリー」そのものの魅力で勝負するしかない世界であり、小説家はストーリーテリングのプロ。ともすれば感覚的になりがちな事柄を、経営の場できちんと実践にまで落とし込んでいけるように細かく指南してくれている。

目次
第1章 経営にも必要な「小説家の視点」
第2章 ストーリーのない経営に未来はない
第3章 挫折を通じて小説から学んだビジネスの基本
第4章 ストーリー経営実践編
第5章 これから十年先のストーリーを描く

本書は5章立てにはなっているが、大きく分けて、経営における「ストーリー」の必要性や重要性を説く3章までの部分と、実際に「ストーリー」を構築していくにあたっての具体的な方法や留意点などに踏み込んでいく4章以降の2部構成と捉えられ、メインは第4章になる。

ビジョン(経営理念とか志という言葉でも語られる)の重要性については今更語るまでもないほどに普及してきているのではないかと思うし、それらを伝達するためにストーリーが重要な役割を果たすことも理解されやすいだろう。しかし、では実際にストーリーを考えましょう、などと突然言われても、大半のビジネスパーソンは、はたと止まってしまうのではないか。(少なくとも僕は止まってしまう。)

本書では5つのヒントを提示して、順を追って、著者の西川さんが経験してきた具体例を交えながら指南してくれる。
5つのヒントは

1.ストーリーの初期設定<テーマ>
2.オリジナリティをつくる<独自性>
3.ストーリーを構成する<起承転結>
4.より細部を描く<想像力>
5.キャラクターを育てる<人材育成>

というもの。
本当の小説と違って、経営には一見何に繋がるか分からないような伏線をちりばめたりする必要はない。このヒントに沿って一緒に考えていってみればいいのであるが、最初のテーマの設定については、これは心底自分の中を見つめ直すことが必要だ。ここが浅いと、そもそもストーリーを作ったところで、共感を得られない。

何の為にストーリーが必要なのかをもう一度思い出しておきたい。それは、企業のテーマなりビジョンを、ステークホルダーに共感していただき、ファンになっていただき、ブランド化につなげ、事業の繁栄に繋げていくためである。その根幹部分がしっかりしていなければ、小手先でストーリーを作ったところで先は知れている。

小説を書く手法は何も最近になって確立されたものではなく、ずっと以前から用いられてきたもの。著者が狙ったように、これを経営の世界に持ち込むことで、これまで悩んでいた方が先に進むことが出来るようになるかもしれない。アイデアや突破口は、いつだって思いもよらない組み合わせが基になるもの。

また、経営を見据えるためだけでなく、自分自身のビジョン実現の為にもストーリーを考えておくことは重要。知識社会を生き抜くためのメソッドの一つとして、自分の引き出しに取り入れておきたい視点だと思う。僕自身は、このストーリーが活かされた経営も、もっと研究したいなとは思っているが、自分のパーソナルブランドを検討する際にも活かしたい。

経営者の方、企業の経営企画セクションなどで経営戦略に携わる方、士業を営む個人事業主の方、個人の力で勝負していこうと考えているビジネスパーソンなど、テーマやビジョンを持ち、ブランディングを行っていこうとする方々にお薦めの一冊。
小説家の経営術 (経営者新書)
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byTaka@中小企業診断士(業務休止中)
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